AAMTジャーナル「機械翻訳」No. 84 編集後記
本号では、大規模言語モデル(LLM)の急速な普及と、それが自動翻訳ツール開発や翻訳者の心理にどのような影響をもたらしているかという点について論じています。私が専門とする特許分野でもLLMの活用事例が増えています。最近では、知財業務全般においてLLMを活用する企業の取り組みが話題になっています。特許翻訳もLLMで行い、その出力された訳文の修正を事務員が担い、最終的には出願先の現地の弁護士が修正して出願するという事例が紹介されています。これにより翻訳費用は削減されたようです。公表されている運用方法だけで特許を翻訳して外国に出願できるという点が、私には信じがたいものです。このようにLLMを運用している企業において、知的財産権が適切に保護されるのか、また各社のLLMの運用方法についても注視していきたいと思います。
今後も、翻訳分野におけるLLMの活用は広がっていくと考えられます。また、分野ごとの差はあるものの、翻訳者に求められる役割も変化していくでしょう。ますます、LLMと人間との健全な協働が求められる時代になってきたと感じます。LLMとの関わりにおいては、人間が主導権を持ち、人間が幸せになるような活用方法が求められていると言えるでしょう。本号での多面的な議論が翻訳におけるLLM活用の在り方を考える一助になると思います。
1. 巻頭言
石岡映子様に「機械翻訳の進化と共に歩む」を寄稿いただきました。石岡様は、長年の研究蓄積をビジネスの現場へとつなぐ「橋渡し」の役割を担ってきたAAMTセミナーの歴史を振り返りました。技術が専門家の手を離れ、社会実装の段階に入った今、単なる効率化だけでなく「誰のために使うか」を問い続ける重要性が強調されています。ここで紹介されている「MTは世の中を平和にする」というAAMT創立者の長尾真初代会長の言葉が、今の時代に胸に響きます。
2. 事例・研究
早川威士様から「機械翻訳出力に対するLLMを用いた後編集」を寄稿いただきました。NMT(ニューラル機械翻訳)の出力に対し、LLMを用いて自動ポストエディット(PE)を行う際の精度を、「正解率」と「修正率(過剰修正の程度)」の観点から定量的に解析した研究報告です。複数のLLMモデルを用い、誤りタイプやプロンプトによる挙動の違いを統計的に明らかにしています。
阪本章子様から「ポストエディットが翻訳者の仕事満足度に与える影響」を寄稿いただきました。イギリスの翻訳者を対象とした2024年の調査を通じ、MTPEがフリーランス翻訳者の心理的な満足度やキャリアにどのような影響を与えているかを分析しています。また、持続的な翻訳産業に関する考えも紹介されています。2026年は日本での調査を計画しているとのことです。
萱野陽子様から「大規模言語モデルは多様な翻訳仕様に追従できるか?」を寄稿いただきました。本記事は、LLMが文体や用語の指定、不適切な表現の回避といった「翻訳仕様」にどの程度応えられるかを検証しています。この評価自体をLLMが担っています。
3. 温故知新
AAMTジャーナルの過去の記事として、1994年3月号の「機械翻訳の今後の技術動向」と同年6月号の「ヨーロッパの現在のMT活動」を取り上げます。これらを手がかりに、30年以上前の技術的課題と、研究開発を取り巻く財政的・政治的課題を振り返ります。
4. イベント報告
中澤敏明様から、第12回アジア翻訳ワークショップ(WAT2025)を報告いただきました。招待講演では、LLMを用いた機械翻訳の品質評価に関する課題と、その解決策が紹介されました。
出内将夫様から、2025年12月に開催されたAAMTの年次大会を報告いただきました。パネルディスカッションや公募ポスター発表、招待講演について詳細に報告をいただきました。
玉咲知香子様から、2026年2月に開催された第9回自動翻訳シンポジウムを報告いただきました。会場にて展示した企業から3社を取り上げ、それぞれの課題解決のためのサービスについて説明をいただきました。
5. AAMT創立35周年
今年で、AAMTは創立35周年を迎えます。これを記念して、ロゴデザインを全面的に刷新しました。新しいロゴは、AAMTジャーナルの2026年6月号の冊子版から使用されます。また、今年の9月には創立35周年の記念イベントとして国際会議を奈良で開催する予定です。
自動翻訳技術がこれまでになく盛り上がっている昨今、AAMTはさらに積極的に情報を発信し、みなさまから信頼される組織に成長していきたいと思っています。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。