AAMTジャーナル「機械翻訳」No. 84 化合物表記翻訳技術を活かした機械翻訳サービス JAICI AutoTrans

1. はじめに

化学情報協会 (以下JAICI) は「化学を軸とした情報ソリューションにより、科学技術の発展と豊かな社会の実現に貢献する」ことをミッション1としています。国際的な情報流通において言語の違いは依然として大きな障壁となっていますが、JAICI では長年の業務を通して蓄積してきた化合物名の対訳辞書や機械翻訳に関する技術を基盤として、その解決に継続して取り組んでいます。

現在 JAICI は 2 種類の機械翻訳サービス2を提供していますが、本稿ではそのうち JAICI AutoTrans3に焦点を当て、機能的特徴を概説します。

2. JAICI AutoTrans とは

JAICI AutoTrans は、科学文献・特許・中間処理文書などの外国語文書の内容を日本語で効率よく把握したい方に特に有用な機械翻訳サービスです。手軽な操作で迅速に高精度な翻訳結果を得ることができます。原文の種類や用途に合わせて最適な翻訳メニューを選択できるのも大きな特長です。例えば、原文ファイル (PDF/DOCX/PPTX/XLSX) をアップロードするだけで同じレイアウトで翻訳結果を入手できるメニューでは、両者を比較しながらの内容確認が容易です。また、原文が格納された Excel ファイルに和訳結果の列を自動挿入できるメニューでは、大量のスクリーニング作業を効率化できます。その他にも多様な機能を備えていますが、特に注目すべきは化合物表記翻訳技術です。

3. 化合物表記翻訳とは

科学文献には、IUPAC 命名法・CAS 命名法といった国際的な標準規則に基づく体系名から、歴史的に定着した慣用名や一般名のような非体系的な化合物名まで、さまざまな表記が混在します。

化合物表記の例 :
Acetanilide
1H-imidazole-4-carbaldehyde
2,4‑di‑tert‑butyl‑6‑(1‑methylpropyl)phenol

これらの化合物表記は、いわゆる”普通の単語”とは違い、名称の内部に化学構造や置換基の位置を表す規則や情報が組み込まれている特殊な用語です。そのため、その翻訳には化学的知識に基づく対訳辞書や命名規則の理解といった専門的な技術基盤が不可欠となります。JAICI では、このような化合物表記の特性を踏まえ、正確な翻訳を実現するために化合物表記翻訳技術を独自に開発しました。

JAICI 化合物表記翻訳は、2 ステップの独自技術の組み合わせで成り立っています。まずステップ1では、原文に含まれるテキストの中から化合物表記のみを自動的に認識します。続くステップ2では、認識した化合物名に対して適切な対訳を付与します。対応言語方向は、英日・日英・中日 (簡体字・繁体字) です。

4. 化合物表記翻訳の効果

科学文献において、化合物名は重要度が極めて高い専門用語と位置付けられます。正確な化合物名を把握することは、研究開発・特許調査・安全性評価といったあらゆる化学関連業務の出発点と言え、以降の業務上の判断を左右します。本技術を活用することで、化合物名に関する誤訳・未訳・訳抜けを低減できます。

化合物名の誤訳は、場合によっては技術理解そのものを誤らせることがあります。例えば ethyl acetateは日本語で「酢酸エチル」ですが、これを「エチルエステル」のように一般化した表現で訳出してしまうと、対象物質の特定が曖昧になり、反応経路や用途の理解を誤るおそれがあります。さらに、誤った化合物名に基づいて実験計画や調達を進めた場合、無関係な試薬を選定してしまい、評価試験のやり直しや追加検証が発生するなど、研究費や工数の損失につながり得ます。したがって、化合物名の翻訳精度を担保することは、翻訳品質の向上にとどまらず、業務効率の観点からも重要です。

5. 化合物表記翻訳の実例

化合物表記翻訳の有効性を示すため、実例を紹介します。ある英語原文を ①JAICI AutoTrans ②一般的な Web 翻訳 ③一般的な生成 AI の 3 種でそれぞれ日本語訳し、化合物名 acetyldialuric acid の翻訳結果に着目しました (表1)。 まず、①JAICI AutoTrans では「アセチルジアルル酸」と訳出されました。これは正しい訳であり、dialuric acid が慣用名として「ジアルル酸」に対応することに基づきます。一方、②一般的な Web 翻訳では「アセチルジアルギン酸」と誤訳されました。これは aluric を、綴りや音が部分的に近く相対的に頻出度の高いalginicに誤推定した可能性があります。また、③一般的な生成 AIでは「アセチルジア尿酸」と誤訳されました。dialuricを “di uric” のように分解して解釈する誤りが生じた可能性があります。以上の結果は、化合物名の翻訳が、一般的な処理だけでは安定しにくく、専用辞書と化学的知識に基づく処理が必要であることを示しています。なお、表 2 には中国語の化合物名についても同様の比較結果(①〜③)を示しています。

原文 acetyldialuric acid
①JAICI アセチルジアルル酸
②Web翻訳 アセチルジアルギン酸 ×
③生成AI アセチルジア尿酸 ×
表1 (2026 年 3 月現在)

 

原文 萊莫維韋
①JAICI レテルモビル
②Web翻訳 レモビウェ ×
③生成AI レモビビル ×
表 2 (2026 年 3 月現在)

6. おわりに

本稿では JAICI が提供する機械翻訳サービス JAICI AutoTrans の概要について述べるとともに、特に化合物表記翻訳技術の有用性を示しました。科学文献において化合物名は、技術内容の理解の正確性を左右する中核的要素である一方、一般的な機械翻訳においては、医薬品や農薬などの慣用名の訳出において、なお改善の余地が残る場面があります。JAICI では、こうした課題に対応するため、対訳資源の整備・拡充の強化に継続的に取り組んでいます。本サービスにご興味をお持ちの方は、ぜひ JAICI ホームページをご覧ください。

参照
1 : https://www.jaici.or.jp/about-us/mission/
2 : https://www.jaici.or.jp/translation/
3 : https://www.jaici.or.jp/translation/autotrans/

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