AAMTジャーナル「機械翻訳」No. 84 ポストエディットが翻訳者の仕事満足度に与える影響
1. なぜ、今、仕事満足度なのか
効率的な翻訳プロセスを目指して機械翻訳のポストエディット(Machine Translation Post-Editing: MTPE)が普及しつつある一方、効率優先のプロジェクト管理が翻訳者の不満を引き起こしていると言われている。不満の理由としては、ポストエディットの仕事では経済的目標が優先され翻訳者のもつ文化的資本が認識されていないと感じること[1]、翻訳会社側でもポストエディットの公平な報酬モデルの確立が難しいこと[2]、などが挙げられる。欧州では経験豊かな翻訳者がすでに翻訳業界を去る動向が出ているという報告もある[3]。これが本当であれば、優秀な翻訳者の労働市場の長期的な持続は期待できない。このような現象が本当に起きているのか。そうであれば、その理由は何なのか、を探求するのが、本研究の目的である。
昨今では海外で翻訳者の仕事満足度に関する研究が進んできている[4]。本研究は翻訳学の研究者(第1,3,4著者)が産業心理学の研究者(第2著者)とタッグを組み、イギリスの翻訳者協会であるInstitute of Translation and Interpreting (ITI) の協力を得て、イギリスの翻訳者を対象に行った (n=381)。労働者の仕事満足度を測るために第2著者が開発したWork-Related Quality of Life (WRQoL) 尺度[5] をフリーランスの翻訳者用に調整し、アンケートの一部に使用した。残りの部分はポストエディットなど翻訳テクノロジー関係の要因に対する翻訳者の意識・態度を測るためにオリジナルの心理尺度を作成して使用した。そのために2回のパイロット調査を行い、統計的に信頼性と妥当性のある尺度作成につとめた(1回目のパイロット調査の結果は[6]参照)。このアンケートを使って翻訳者の労働生活とその満足度に関する広範なデータを集めることができた。本稿ではアンケート結果のうち、ポストエディットに関する一部を紹介する。なお、アンケートの全体の結果は[7]を参照されたい。
2. だれがポストエディットを(前向きに)やっているのか
アンケートの回答者はITIの会員であったため、比較的経験の長い翻訳者が多く、そのため翻訳者の仕事全体に占めるポストエディットの割合は平均で23.5% (SD = 27.94) と低めだった。高い標準偏差からも分かるように、個人差は大きく、全くポストエディットの仕事をしていない人もいれば (126人、33.1%)、翻訳の仕事の100%がポストエディットだと答えた人も2人 (0.5%) いた。ポストエディットの仕事の受注量は、翻訳者個人によってまだ差が大きいことが分かる。
次に、ポストエディットの仕事をどの程度積極的に受けているかを「MTPEへの前向き度」というファクターで測定し、属性によって差異があるかを見た。その結果、5つの属性で有意な差があることがわかった(全てのファクターについては次セクション参照)。
① ITIの4つの会員レベルのうち、よりエントリーレベルの会員のほうが積極的 (F (3,377) = 6.03, p < .001)
② 大学(院)の翻訳学の学位を持っている人のほうが、持っていない人より積極的 (p =.003, d = .306)
③ サイエンス系分野の翻訳者のほうが文系分野の翻訳者より積極的 (p <.001, d = .354)
④ 直接の顧客より翻訳会社との取引が多い人ほど積極的 (直接の顧客の割合に対してr = -.212, p < .001)
⑤ 翻訳の経験が浅い翻訳者のほうが積極的 (翻訳の経験の年数に対してr = -.141, p = .005)
ただし、この分析はポストエディットの仕事量とポストエディットへの態度との因果関係を見ているわけではないので、解釈には注意が必要だ。翻訳の仕事を始めたばかりの人が人手翻訳の仕事をすぐに得るのは難しいのでまずポストエディットの仕事から始めるのであれば、それが必然的にポストエディットへの前向きな態度として数字に出ているのかもしれない。つまり、進んで前向きなのではなく、それしかチョイスがないから前向きなのかもしれない。
ひとつ注目したいのは、②の翻訳学の学位との関係だ。イギリスや欧州の大学院では翻訳学のコースが多く存在し、プロの翻訳者になるには当然求められる資格となっている。また翻訳学のコースではふつうMTやポストエディットの授業が提供されている。したがって、最近大学院の翻訳学コースを卒業した翻訳者はポストエディットの知識と経験をすでに持っているので、翻訳学を学んでいない翻訳者に比べてポストエディットの仕事を受けるチャンスが多いか、または心理的ハードルが低いのかもしれない。欧州のように翻訳学の学位を提供する大学(院)がほぼ存在しない日本では、将来の翻訳者のキャリア形成を高等教育の時点からサポートするのは難しい。しかし今後は若い翻訳者の育成にどのようにポストエディット教育を組み込むかも考えていかないといけないだろう(ちなみに第1著者の勤務校ではポストエディット教育を翻訳教育に組み込む取り組みを行っている)。
3. ポストエディットが翻訳者の仕事満足度に与える影響
本調査でとくに分かったことは、ポストエディットの仕事を多く請け負う翻訳者のほうが仕事への満足度や労働生活の質が低いという点である。その結果を以下に報告する。
翻訳者の労働生活について12個の側面を構成概念(以下ファクターと呼ぶ)として測定し、ポストエディットとの関係性を調べた。12個のファクターは以下のとおりである。
(1) ウェルビーイング (2) 仕事のコントロール感 (3) 雇用者(翻訳クライアント)との関係 (4) ワークライフバランス (5) 仕事のストレス (6) 労働環境 (7) 仕事の安定感 (8) 仕事のフィット感 (9) 同業者とのつながり (10) 翻訳テクノロジーへの肯定感 (11) MTの利便性認識 (12) MTPEへの前向き度

図 1 ポストエディットの仕事量と翻訳者の労働生活ファクターとの関係性
これらのファクターと、翻訳者の仕事に占めるポストエディットの割合との相関性を、ピアソンの相関係数(r係数)で調べた。すると、図1の左側の3つのファクターが正の(r係数がプラス)、右側の5つのファクターと1つの項目で負の(r係数がマイナス)相関であることが分かった。また仕事の報酬の公平感との相関もマイナスであった。この結果についても、ポストエディットの仕事量と各ファクターの相関関係を見ているのであり、因果関係を見ているのではないことは留意する必要がある。例えば、正の相関の方を見ると、ポストエディットの仕事をたくさんするからポストエディットに前向きになるのか、もともとポストエディットに前向きだからポストエディットの仕事をたくさん受けているのか、断定することはできない。しかし負の相関の方では項目間の時間的ズレを考慮すると、ポストエディットの仕事量が要因となって他のファクターに負の影響を与えていると考えて妥当であろう。例えば、ポストエディットの仕事量と翻訳クライアント(翻訳会社)との関係が r = -.203**と有意な負の相関であるが、これは翻訳会社になにか不満があるから(関係がマイナス)ポストエディットの仕事の受注量が増える(仕事量がプラス)のではなく、ポストエディットの仕事をたくさん受けるから(仕事量プラス)翻訳会社に不満がある(関係がマイナス)と考えたほうが時系列的に妥当だ。また、6つもの項目で負の相関関係があるということは、ポストエディットが翻訳者の仕事満足度の多くの面にマイナスの影響を及ぼしていることを示唆する。
4. ポストエディット産業の将来 優秀な翻訳者はどこに行く?
最後に、業界の将来に関係する調査結果を提示したい。アンケートは「今後少なくとも5年間翻訳の仕事を続けたいか」という質問項目を含んだ。この項目のスコアと他の質問項目のスコアの相関関係を見て、どのような要因が長期的キャリアの展望につながる可能性があるか、つまりどうすれば翻訳者が長期的に仕事をしたいと思うかを探った。項目間のピアソン相関係数(r係数)を比較した結果、アンケートの測定項目のなかでは「仕事の楽しさ」「仕事量」「報酬の公正感」がキャリア継続の3大要因になっていることが分かった。一方で、ポストエディット関係の質問項目との相関性を見ると、正負双方で有意な相関性が見られる項目は全くなかった。つまり、今たくさんポストエディットの仕事を積極的に受けていても、またポストエディットの仕事が楽しいと思っていても、それが長期的なキャリア設計に結び付いていないようだ。

図 2 翻訳者の仕事を続けたい気持ちと他項目との関係
翻訳産業におけるプロダクションモデルはこれからどんどん人手翻訳からポストエディットへ移行していくことが予想される。業界全体として優秀なポストエディターが多数必要となるわけだ。しかしこの調査結果を見ると、今のポストエディットの仕事の出し方を続けていては優秀な翻訳者の定着が見込めない可能性が高い。これは翻訳産業の持続可能性の危機につながる重要な問題だ。
5. 持続可能な翻訳産業のために
以上、イギリスの翻訳者を対象に行ったアンケート調査から、ポストエディットが翻訳者の仕事満足度に与える影響について、結果の一部を紹介した。翻訳者の仕事は今後、ますますポストエディットの割合が増えることが予想される。これを受けて、ポストエディットのスキルを伸ばすなど、個人レベルで努力をしている翻訳者はたくさんいるだろう。しかし、本調査が示唆したように、それが仕事の満足度や生活のウェルビーイングにつながらないのであれば、将来的に優秀な翻訳者が翻訳産業に定着せず、結局は業界全体のロスにつながる可能性が高い。
翻訳者の仕事満足度を高めるようなポストエディット案件の発注には、何が必要だろうか。ひとつ挙げられるのは、適切なポストエディットのガイドラインを発注時に示すことだ。これについては、AAMTのポストエディット委員会が発行した『機械翻訳ポストエディットガイドライン』[8]に見られるように、業界内の努力は行われている。MT訳のどの種類・レベルのエラーを修正するべきかという詳細な指示をポストエディタ―に提示するべきだと言われている[9][10]。またポストエディットにかかる時間について、翻訳会社側は現実的な想定をすることが大切だ。質の高いポストエディットを行うのに十分な納期を翻訳者に与えたほうがよいのは当然である。最近の実証的研究でポストエディットは必ずしも人手翻訳より速いとは限らないことが分かっているにもかかわらず[11]、現実には「ポストエディットは人手翻訳より速いはず」という考えが業界やクライアントの間で先行しているのではないだろうか。また、「クライアントがこう要求しているので、翻訳者の仕事もこうでなくてはならない」というナラティブが労働条件の決定に不公平な影響を与えていることはないだろうか。持続可能な翻訳者市場を実現するためのエビデンスとして本調査の結果を少しでも役立てていただければ幸いだ。
なお本アンケート調査は2024年夏にイギリスで行ったものだが、今後定期的に調査を行い、時縦断的な動向を調べる計画である。また2026年度は日本での調査も計画している。
参考文献
[1] A. Sakamoto, “Why do many translators resist post-editing? A sociological analysis using Bourdieu’ s concepts,” J. Spec. Transl., vol. 31, pp. 201–216, 2019.
[2] A. Sakamoto and S. Bawa Mason, “In search of a fair MTPE pricing model: LSPs’ reflections and the implications for translators,” Perspectives., vol. 32, no. 3, pp. 460–476, 2024, doi: 10.1080/0907676X.2023.2292572.
[3] ELIS Research, “European Language Industry Survey 2025,” 2025. [Online]. Available: https://elis-survey.org/wp-content/uploads/2025/03/ELIS-2025_Report.pdf
[4] M. Ruokonen, E. Svahn, and A. Heino, Eds., “Translators’ and interpreters’ job satisfaction,” Spec. issue Transl. Spaces, vol. 13, no. 1, 2024.
[5] S. Easton and D. Van Laar, “User manual for the work-related quality of life (WRQoL) scale second edition,” 2018. [Online]. Available: http://www.qowl.co.uk/researchers/WRQoL User manual 2nd Ed ebook Feb 2018 55.pdf
[6] A. Sakamoto, D. Van Laar, J. Moorkens, and F. do Carmo, “Measuring translators’ quality of working life and their career motivation: Conceptual and methodological aspects,” Transl. Spaces, vol. 13, no. 1, pp. 54–77, 2024, doi: https://doi.org/10.1075/ts.23026.sak.
[7] A. Sakamoto, D. Van Laar, J. Moorkens, and F. do Carmo, “Translators’ Work-Realted Quality of Life: Survey Report,” 2025. [Online]. Available: https://www.iti.org.uk/resource/twrqol-iti-final-report.html
[8] AAMT, “機械翻訳ポストエディットガイドライン,” 2025. [Online]. Available: https://aamt.info/wp-content/uploads/2025/07/AAMT_PE_Guideline_Ver1.0.pdf
[9] A. Sakamoto and M. Yamada, “Managing Clients’ Expectations for MTPE Services Through a Metalanguage of Translation Specifications: MPPQN Method,” in Metalanguages for Dissecting Translation Processes, R. Miyata, M. Yamada, and K. Kageura, Eds., London: Routledge, 2022, ch. 14, pp. 191–199. doi: 10.4324/9781003250852-17.
[10] C. Rico Pérez, “Re-thinking machine translation post-editing guidelines,” J. Spec. Transl., vol. 41, pp. 26–47, 2024, doi: 10.26034/cm.jostrans.2024.4696.
[11] S. Terribile, “Is post-editing really faster than human translation?,” Transl. Spaces, vol. 13, no. 2, pp. 171–199, 2023, doi: 10.1075/ts.22044.ter.