AAMTジャーナル「機械翻訳」No. 84 第12回アジア翻訳ワークショップ(WAT2025)開催報告
1. はじめに
本稿ではWAT2025[1]の開催報告を行う。アジア翻訳ワークショップ(Workshop on Asian Translation, WAT)はアジア言語を中心とした評価型機械翻訳ワークショップであり、2014年に第1回(WAT2014)を開催して以降、毎年開催している。本稿の著者は初回からオーガナイザーの一人としてワークショップの運営を行っている。2016年の第3回(WAT2016)以降は自然言語処理の国際会議との併設ワークショップとして開催しており、2025年の第12回(WAT2025)はインドのムンバイで開催されたIJCNLP-AACL2025の併設ワークショップとして、2025年12月24日にオンラインと現地でのハイブリッド形式で開催された。参加者は現地参加が25名、オンライン参加が11名で合わせて36名程度であり、盛況であった。
2. 研究論文
WAT2025では4件の研究論文を採択した。採択した研究論文のタイトルを以下に示す。
– Segmentation Beyond Defaults: Asymmetrical Byte Pair Encoding for Optimal Machine Translation Performance
– Speech-to-Speech Machine Translation for Dialectal Variations of Hindi
– A Systematic Review on Machine Translation and Transliteration Techniques for Code-Mixed Indo-Aryan Languages
– CycleDistill: Bootstrapping Machine Translation using LLMs with Cyclical Distillation
この4件の中で、査読の評価が最も高かった “Speech-to-Speech Machine Translation for Dialectal Variations of Hindi” をbest paperとして選出した。
3. 招待講演
招待講演はUniversity of SurreyのSenior LecturerであるDiptesh Kanojia氏より “Optimizing Large Language Models for Low-resource Quality Estimation” というタイトルで行われた。大規模言語モデル(LLM)を用いた機械翻訳の品質評価(QE)に関する課題と、その解決策に関する講演であった。以下にその概要を示す。
LLMは多くの自然言語処理タスクで高性能だが、機械翻訳のQE、特にデータが少ない「低資源言語」の評価は苦手としている。この原因の一つは、複雑な単語構造を持つ言語におけるトークン化(テキストの分割)の不一致である。この課題を解決するために、2種の手法を提案した。一つ目は評価のガイドラインに基づいた推論ルールを、直接プロンプト(コンテキスト内)に組み込む手法である。もう一つはLLMの最終層が持つ生成特有のバイアスを避けるため、Transformerの「中間層」にLoRA(低ランクアダプター)を接続する方法である。結果として、既存の最高性能モデル(COMETKiwiなど)や通常のファインチューニングを上回る精度を達成した。
また応用として、この高精度なQEデータをLLMのガイドとして活用することで、LLMがより正確に翻訳の修正を行えることをWMTのタスクで実証した。これにより、人間の正解データから逸脱することなく、より自然で流暢な出力へと改善できるようになる。
4. 翻訳タスク
WAT2025では日英特許請求項翻訳タスク[2]、日英文書レベルニュース翻訳タスク[3]、英語からインド諸語へのマルチモーダル翻訳タスク[4]の3つのタスクに参加者があった。それぞれのタスクの結果は、それぞれのFindings論文にまとめられているので、興味のある方は参考にしていただきたい。
この中で日英特許請求項翻訳タスクは今年度から新たに実施されたタスクである。ニューラル機械翻訳(NMT)やLLMの性能は劇的に向上しているが、ドメインが異なると精度が不安定になるなど、万能な自動評価手法は未だ存在しない。特に特許文書(特許請求項)の翻訳は、独特の文体や長さゆえに用語や一貫性の評価が困難である。
そこで、正確な自動評価手法の開発を最終目的とし、日英の特許請求項翻訳の翻訳タスクを実施した。第1回となる今回は、多様な翻訳出力を収集して人手で誤りをアノテーションし、将来の自動評価モデル開発に向けた学習データを作成することを主目的とした。
本タスクの実施結果はNLP2026において日本語でも発表しているので、興味のある方はぜひご覧いただきたい[5]。
5. まとめ
本稿ではWAT2025全体の概要を報告した。論文の投稿数や翻訳タスクの参加者は一定数あり、また招待講演に関しても多くの質疑があり、ワークショップとしては成功だったと言える。
WATは今後も継続して開催予定である。2026年度は11月に中国の珠海市、横琴島で開催されるAACL2026のワークショップとして採択されている。WATでは評価を行うための費用等のためのスポンサーを募集しているため、興味のある方はご連絡いただければ幸いである。
参考文献
[1] Toshiaki Nakazawa and Isao Goto. 2025. Proceedings of the Twelfth Workshop on Asian Translation (WAT 2025). Association for Computational Linguistics, Mumbai, India.
[2] Toshiaki Nakazawa, Takashi Tsunakawa, Isao Goto, Kazuhiro Kasada, Katsuhito Sudoh, Shoichi Okuyama, Takashi Ieda, and Masaaki Nagata. 2025. Findings of the First Patent Claims Translation Task at WAT2025. In Proceedings of the Twelfth Workshop on Asian Translation (WAT 2025), pages 1–15, Mumbai, India. Association for Computational Linguistics.
[3] Naoto Shirai, Kazutaka Kinugawa, Hitoshi Ito, Hideya Mino, and Yoshihiko Kawai. 2025. Findings of the WAT 2025 Shared Task on Japanese-English Article-level News Translation. In Proceedings of the Twelfth Workshop on Asian Translation (WAT 2025), pages 93–97, Mumbai, India. Association for Computational Linguistics.
[4] Shantipriya Parida and Ondřej Bojar. 2025. Findings of WAT2025 English-to-Indic Multimodal Translation Task. In Proceedings of the Twelfth Workshop on Asian Translation (WAT 2025), pages 103–108, Mumbai, India. Association for Computational Linguistics.
[5] 中澤敏明, 綱川隆司, 後藤功雄, 笠田和宏, 須藤克仁, 奥山尚一, 家田堯, 永田昌明. 2025. 特許請求項機械翻訳およびその人手評価の課題と挑戦 〜WAT2025特許請求項タスクからの知見〜, pages 4144–4149, 宇都宮, 栃木. 言語処理学会第32回年次大会(NLP2026).