AAMTジャーナル「機械翻訳」No. 83 英文ニュース作成への機械翻訳導入とLLMを用いた自動校正の開発
1. はじめに
このたびは、栄えある第20回AAMT長尾賞を賜り、選考委員の皆さま並びに協会関係各位に厚く御礼申し上げる。本稿では、時事通信社における「英文ニュース作成への機械翻訳(MT)導入」および「LLM(大規模言語モデル)を用いた自動校正」の実装と運用上の知見を、ニュース編集・翻訳の現場から報告する。
2. 通信社におけるニュースの流れ
通信社の役割は、新聞社、放送局、ウェブメディアといった各種メディアにニュースを提供することである。異なる新聞紙面やニュースサイトで同じ記事や写真を見かけることがあるが、これは通信社が配信したコンテンツが使われているためである。
新聞社やテレビ局は、自社取材に加えて通信社からのニュースも活用し、読者や視聴者へ情報を届けている。取材コストのかかる分野を通信社に委ねることで、各社は地域密着型の取材や独自報道に集中できる。このように、新聞社、放送局、通信社などは、それぞれの役割を分担しながら、効率的で広範な報道体制を整えている。
もっとも、ニュース制作の基本的なプロセスに大きな違いはない。記者やカメラマンは、政治、経済、社会、スポーツ、映像などの専門部署に所属し、それぞれが担当分野のニュースを取材・制作する。記事は記者が執筆し、デスクと呼ばれる編集者による校正、校閲者のチェックなどを経て、外部に配信されていく。
当社は通信社としての特性から、創業当初から外国報道に注力してきた。海外の情報を日本語に翻訳する部署、日本から世界へ情報を発信する部署など、さまざまである。その中でも、日本語の記事を英語に翻訳・再構成して発信するのが「国際局英文部」であり、本稿で紹介しているMT導入の現場でもある。
3. 機械翻訳の導入とその背景
当社がMTに初めて関わったのは、今から約10年前にさかのぼる。東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まり、新たなビジネスの可能性を模索していた時期であった。その中で出会ったのが、総務省と情報通信研究機構(NICT)などが主導する「グローバルコミュニケーション計画」である[1]。「言葉の壁をなくす」という理念のもと進められていたこのプロジェクトを通じて、当社が長年蓄積してきた記事や写真といった報道データが、MTの精度向上に資する貴重なリソースであることを認識した。
2015年には、NICTの「みんなの自動翻訳」における精度向上を目指す共同研究を実施し、2018年からは第一線の研究者とチームを組み、NICT委託研究に参加した[2]。当社の役割は、報道コンテンツを体系的に整理し、研究に活用してもらうことである。データと先端技術を組み合わせることで、社会のイノベーションにつながることを実感した。
その後、世界的なAI技術の進展に伴いMTの実用性も急速に高まり、当社でも、前述の英文部にMTを本格導入する機運が生まれた。Google、DeepL、NICTなど複数のエンジンの比較評価を行った。この際、重視したのは単純な翻訳精度の優劣だけではない。MTは、基盤技術や学習データに大きな差があるわけではなく、リリースのタイミングによって精度の順位が入れ替わることも珍しくない。そこで、運用面での柔軟性、将来的な拡張性、連携の可能性を重要と考えた。評価結果の行方に気を揉んだが、NICTの翻訳エンジンも当時No1とされていたDeepLと遜色のない水準であることを確認し、NICTの採用が異論なく決まった[3]。
こうしてMTの運用が始まったが、間もなく新たな課題が生じた。LLM、とりわけChatGPTの登場による影響である。流暢さの面では、従来のMTよりもLLMの出力のほうが自然に感じられることが多く、ユーザーの印象としても「優れている」と受け取られやすい傾向がある。流暢さが必ずしも正確性を担保するわけではないにもかかわらず、読みやすさゆえに信頼されてしまう。このままでは、せっかく導入したMTが過小評価されてしまう——。そのような懸念のもと、関係者から「MTの訳文をLLMで校正する」というアイディアの提案を受けた。MTの構造的な安定性と、LLMの自然な文体の双方を活かすことができる、タイムリーなアイディアであった。
LLM校正の導入で重きを置いたのは、「ニュース制作現場」と「技術開発」の融合である。実務者が開発に関与することで、機械を使った翻訳に対する心理的ハードルは大きく下がる。さらに、LLMはプロンプトによって制御可能であり、編集者が自然言語でAIの振る舞いを調整できる。長年、英文部というニュース制作の現場に蓄積されてきた知見やノウハウも、柔軟にAIに取り込むことが可能になった。
4. 現場の反応
MTの導入当初の英文部内の反応は、「そのまま使える文章が少なく、かえって時間がかかる」「自分でゼロから考えた方がやりやすい」など否定的な意見が優勢で、MTの結果を少しでも採用した配信記事の割合(利用率)は全体の2割程度だった。その後、積極的な部員の間で利用が進み、全体の利用率は3カ月後には4割前後に上昇した。利用法は、全面的に下訳として使ったり、上手に訳せているところだけ部分的に採用したり、自分の作成した翻訳に訳漏れがないか比較して確認するために利用したりと、広がりを見せた。また、同じ翻訳エンジンを採用した日英・英日双方向の翻訳ツールでは、書き上がった英文記事を日本語に逆訳してケアレスミスを発見する使い方をする部員もいた。MTの利用によって作業効率が向上する例も増え、日本語で685字の記事を約320語の英文に翻訳する際に、作業時間が30分短縮できたケースもあった。また、「数字や文法などのケアレスミスがない」「countryをcountyと誤るなど、スペルチェックで発見できない誤りを犯さない」「文章が素直で、エディットしやすい面がある」といった点がMTのメリットとして挙げられた。
5. 英文ニュースの自動校正
本章では、前章までに導入したMTの出力を活用し、LLMを用いた英文ニュースの自動校正の仕組みと運用について、導入への道程やシステム構成を報告する。当社では2023年6月にNICTエンジンを用いた日本語記事の全量即時英訳を開始し、2024年5月にLLMによる自動校正システムを実務の現場に導入した[4]。LLMを後段に接続することで、訳文の自然さと読みやすさが向上した。
開発の出発点としてまず、MTの「向き・不向き」を現場の意見に基づいて整理した。MTは定型的で内容が明確な記事(経済統計、政府要人の定例発言など)では精度が高い一方、構成が複雑で日本語表現が難解な記事(体言止めや主語省略が多い文章など)には不向きである。そこで「機械翻訳が不得意とする複雑な構文や難解な表現を、自動的にポストエディットできないか」という課題意識が共有され、主語補完や主部と述部の距離の短縮などの編集ポイントをLLMで後処理させる二段構え(MT → LLM)の設計へとつながった。この長所と短所を踏まえた分業により、MTの安定性を土台に、LLMでニュース文体に整形し、最終判断は人手でポストエディットを行う運用を確立した。
自動校正は次の手順で行う。まず、英文部で運用するMT(NICTエンジン)の出力をOpenAIのLLMで自動校正する。主にGPT-3.5(現在はGPT-4o-mini)を用い、必要に応じてGPT-4oを併用する。校正結果は必ず人手で確認し、ポストエディットを施す。LLMに与える指示(プロンプト)は、英文ニュースの編集を熟知した英文部デスクが作成している。
システム構成は、社内の記事配信から翻訳・校正・提示までをAPIで直結した処理フローとなっている。編集局から出稿された日本語記事は、まずMT(NICTエンジン)で即時英訳し、その英文をOpenAIのLLMに渡して自動校正する。生成結果は社内コミュニケーションツール(Microsoft Teams)の専用アプリに配信し、英文記者・デスクがすぐに参照できる。
導入効果の定量面では、MT・LLM校正の結果を少しでも採用した記事の割合(以下、利用率)を指標とした。導入初期の習熟期間を経て、利用率は40%前後で安定して推移しており、日々の業務フローに定着したことが確認できる(図1)。特に2024年5月のLLM自動校正導入以降は、英文記者・デスクがLLM校正を積極的に選択する傾向が強まり、翻訳品質の向上に資するツールとして現場での評価が定着している。

(図1)
6. プロンプトの開発と評価
プロンプトの開発は、LLMによるMTのポストエディットが有効かどうかを調査することから始まった。何種類かのプロンプトを試したところ、期せずしてMTでは実現できなかったリード(記事の最初のパラグラフ)の改善に成功する例が発見できた(図2)。ニュース記事では、日本語と英語で情報提示の順番が異なっており、日本語では全体の状況を説明してから重要な事項を提示するのが一般的であるのに対し、英語では重要な事項をまず示し、全体の状況は後回しにするのが普通である。MTは日本語の情報提示の順番に忠実に従った文章となり、一般英字読者からすると読みづらくなりがちなため、大幅に編集しないと英文ニュースに採用できないことが多く、普及の足かせとなっていた。当初は、リードが改善できる記事は、事件記事のうち書き出しが「~と110番があった」というパターンの記事に限られていたが、プロンプトの改善を進め、どのようなパターンの記事でもリードの改善ができるようになった。(表1・例1)は、最新版のプロンプトによる文章改善結果である。冒頭の前置きを後ろに移動し、記事中で最も重要な情報である「岸田首相」と「43兆円」を先に提示する、英字読者にも読みやすい文章となった。改善の特徴を具体的に述べると、a)主語の前に置かれる修飾語が減る、b)主語が短くなり、述部との距離が近くなる、c)直訳を組み合わせた不自然な表現を論理的に筋の通った表現に書き換える、などである。

(図2)
7. ハルシネーション対策
LLMを用いた自動校正では、事実と異なる情報を生成してしまう「ハルシネーション(幻覚)」が課題となる。実際に、原文にない表現が追加される挙動が確認されており、特にニュース作成ではファクトに偽情報が混入することが致命的であるため、慎重な対応が求められる(表1・例3)。そこで、MT文とLLM校正後の英文との単語類似度を自動計測し、一定のしきい値を下回る場合には校正プロセスを再実行する仕組みを導入した。再実行時にはLLMのモデルを切り替えてより適切な出力を得るよう工夫し、これにより翻訳文の信頼性を担保しつつ、効率的で実用的な英文編集プロセスを実現した。

(表1)
具体的な単語類似度の計測は、MTで用いられた英単語が自動校正後の英文にどの程度そのまま用いられているかを、単語の重複を除いた異なり語同士で割合(%)として算出する「単語一致率(類似度)」である。訳文の選定に当たり有益な情報となるため、すべての自動校正結果にこのスコアを付し、翻訳者が参照できるようにした。
運用上のしきい値は、類似度が50%未満の場合に自動で校正を再実行するというルールを採用した。複数モデルの試験や実配信記事での検証を重ねる中で、再実行件数と有効検知のバランスが良く、実務上もっとも扱いやすい目安として機能することが経験則として確認された。再実行時には多様な出力を得るため、LLMのモデルを切り替える(例:GPT-4o-mini → GPT-4o)。
8. おわりに
「世界の動きを日本へ、日本の声を世界へ」―これは当社が長年掲げてきたスローガンである[5]。今となってはやや古風にも聞こえるが、当社の創業は第二次世界大戦終結のわずか3カ月後、1945年11月である。すでにその時から、世界に目を向けていたことには、驚かされる。今、MT、LLMという技術と向き合いながら、80年前に先人たちが抱いた思いを、少しでも前進させられたことに大きな意味を感じている。関係者の皆さまと率直な議論を重ねられたことに深く感謝するとともに、今後とも変わらぬご指導、ご支援を賜りたいと切に願う。
謝辞
本プロジェクトの取り組みに当たり、情報通信研究機構(NICT)には翻訳エンジンの研究・運用面で多大なご支援を賜った。また、株式会社マインドワードにはシステム構築・運用設計でご協力いただいた。本研究開発成果の一部は、NICTの委託研究「多言語音声翻訳高度化のためのディープラーニング技術の研究開発」および「自動翻訳の精度向上のためのマルチモーダル情報の外部制御可能なモデリングの研究開発」により得られたものである。
参考文献
[1] グローバルコミュニケーション開発推進協議会. https://gcp.nict.go.jp/
[2] 田中 英輝,美野 秀弥,後藤 功雄,山田 一郎,川上 貴之,大嶋 聖一,朝賀 英裕(2021).時事通信社ニュースの日英対訳コーパスの構築―第3報.言語処理学会第27回年次大会,228–231.
[3] 情報通信研究機構(NICT).多言語音声翻訳高度化のための統合的深層学習の研究開発(研究機関:凸版印刷株式会社,マインドワード株式会社).https://www.nict.go.jp/collabo/commission/k_21101.html
[4] 川上 貴之(2024).ニュースの機械翻訳と大規模言語モデルを活用した自動校正の試み.新聞技術,264,12–19.
[5] 時事通信社ミッションステートメント. https://www.jiji.co.jp/company/philosophy