AAMTジャーナル「機械翻訳」No. 84 特許文書特化の機械翻訳

1. はじめに

一般財団法人日本特許情報機構(Japio)は、1985年8月1日に総合特許情報サービス機関として設立し、昨年で創立40周年を迎えた。

この間、特許情報の正確かつ容易な提供を目指し、従来の紙媒体から電子媒体への移行、外国公報の日本語翻訳公報の提供など、特許情報の利用拡大を進め、我が国の技術開発さらには産業の発展に寄与してきた。

また、特許庁等が進める知財施策にも多年にわたり協力し、特許電子図書館(IPDL)、特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)の運用、抄録の翻訳事業などにも携わり、それらで得られたノウハウ・スキルを活かし当財団独自のサービスとして、「世界特許情報全文検索サービス(Japio-GPG/FX)」、「Japio-AI 翻訳」を提供している。今回はその中でも特許文書特化の翻訳サービスである「Japio-AI 翻訳」を紹介する。

2. Japio-AI 翻訳の開発

Japioでは、以前より独自の大規模な言語資源を収集し、その対訳コーパスを活用して特許公報に特化した機械翻訳エンジンの研究開発を行ってきた。2017年には統計的機械翻訳(SMT)手法により、翻訳需要の高い中日機械翻訳のサービス化を実現、その後、英日機械翻訳の実現に成功した。統計的機械翻訳の特徴は、大量のコーパスから辞書や文法などの言語的特徴を自動的に学習させるもので、日本語としてはやや不自然ながらも原文を忠実に翻訳できる特徴を有する。

一方で、対訳コーパスの生成手段や収集規模が重要となる上、文法間で発生する語の並び替えなどや言い回し等の点では課題が多く、特に自然言語としての流暢さについては機械翻訳の研究開発において長年の課題であった。

その状況を一変させたのが深層学習(Deep Learning)と呼ばれるニューラル機械翻訳(NMT: Neural Machine Translation)の登場である。当初はRNNベースのsequence to sequenceモデルがベースのニューラル機械翻訳が主流であったが、Googleが開発したTransformerと呼ばれるアーキテクチャの登場により、係り受けの正確性や流暢さが飛躍的に向上した。また、ニューラル機械翻訳の研究開発において必須条件となるのが膨大な演算処理を持つGPUサーバであるが、Japioは、ニューラル機械翻訳が主流となる前より精力的にGPU環境を確保し、潤沢な計算資源を保有することでスムーズに研究開発を進めてきた。そして、Japioでは、統計翻訳(SMT)の学習用に独自に収集した大規模な特許対訳コーパスを利用して、NMTについても独自に学習を行い、2019年11月にはJapio-GPG/FXに、特許文献をリアルタイムで翻訳して表示するAI翻訳機能を導入、自然で読みやすい訳文を提供できるようにした。

当初AI翻訳を導入した言語は、英語、中国語、ドイツ語であったが、特に、中日翻訳での品質向上が顕著であった。SMTでは原文でのpreordering(事前並び替え)を行っていたため、この段階での間違いがその後の処理に大きく影響していたが、AI翻訳ではpreorderingをしなくとも高精度な構文的変換ができる学習がなされるため、大きな精度向上につながったと考えられる。

現在では、英語、中国語(簡体字・繁体字)、韓国語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、ロシア語、ポルトガル語まで翻訳言語を広げている。

以下に、JapioのAI翻訳の主な特徴を挙げる。

3. Japio-AI 翻訳の特徴

大規模・高品質な特許データを学習したAIが、複雑なテキストも正確な構文で読みやすく翻訳

Japioで独自に収集した大量の特許対訳テキストでAI翻訳の学習を行うことで、難解な特許文が正確で読みやすい形の翻訳文となっている。

特に中日の特許対訳テキストは、Japio独自の言語資源である対応特許由来の大規模な対訳テキストから、厳選したスクリーニングをかけることにより、量とともに質も確保している。そして、量・質の両者を満たした中日特許データのみで学習をしているので、翻訳結果も特許文章に特徴的な出力結果となる。

例えば、日本語訳文のスタイルは「である調」に統一される点、あらゆる分野の技術用語を網羅した翻訳結果となる点、などの特徴を有した翻訳が可能となる。この特徴は、読み易さの向上はもちろんのこと、内外明細書の作成の際に、ポストエディットの作業負担を大幅に軽減させる効果もある。

独自開発の処理技術(X-STEP ®) により、特許翻訳者のノウハウをAIに移植

一般的な技術文献と比べ特許文献は長文が多いことが特徴の一つである。このような長文をそのまま翻訳しようと思っても、翻訳エンジンの文字数制限などにより適切に翻訳できない場合も少なくない。この問題を解決するため、Japioでは、X-STEP® (クロスステップ:XML Translation Framework with State-of-the-art Translation Engines and Automatic Claim Pre-editor)と呼ぶ機械翻訳用フレームワークを独自開発した。

例えば、前処理として、請求項の原文を翻訳しやすい形に自動で書き換えてから翻訳を行うことで、一度に翻訳できないような長い請求項に関しても、なるべく読みやすく理解しやすい訳文が得られるようにしている。請求項は、項番の記載や、箇条書き、文の途中での改行などといった通常の文章にはない記載や、特許文章に独特な文構造が採用される傾向にあり、そのまま機械翻訳処理を行うと品質が低下するおそれがある。この前処理は翻訳品質の向上に大いに貢献している。

また、特許文献に頻出する上付、下付文字の訳文での高い再現性を有しており、上述と同様に、ポストエディットの作業負担を大幅に軽減させる効果がある。

AI翻訳とSMTの併用により、訳抜け、訳語の繰り返し等のエラー文が少ない翻訳を実現

AI翻訳は、原文に書かれているフレーズが訳出されない現象(訳抜け)や、原文に書かれていない語が訳出される現象(湧き出し)が一定の確率で発生する。そこで、AI翻訳の訳文に対する不具合チェックを行い、顕著な訳抜けや湧き出しが発生している場合にはSMTでバックアップするハイブリッド方式を採用している。

セキュアな通信規格(TLS暗号化通信)と翻訳原文・訳文を保管しないシステムにより機密性を確保

ユーザーの環境から翻訳サーバまでの通信をTLS暗号化通信で行っている。また、テキスト翻訳機能を使用する場合は、原文も翻訳結果も翻訳サーバには記録しておらず、セキュリティには万全の対策をとっている。

特に、海外特許出願原稿の翻訳などに機械翻訳を用いる場合、出願前の特許文書は未公開であることが多い。Japio-AI翻訳では、ユーザーが出願前の特許文書を安心して翻訳いただけるよう対策を講じている。

4. まとめ

「Japio-AI翻訳」は、高品質な特許対訳データで学習したAIと独自技術により、専門用語や長文が多い特許文献を構造分析して最適に分割し、AI翻訳とSMTを組み合わせることで訳抜けや不要な補足を防ぎつつ、主要言語に対応した正確で読みやすい翻訳を提供している。さらに文献番号を入力するだけで各国特許公報の原文と翻訳文を取得できるため、研究者の検索効率向上と負担軽減を実現できる。

興味のある方はサービス窓口:service@japio.or.jpまで。
Japio-AI 翻訳紹介ホームページ
URL:<https://japio.or.jp/service/service06.html

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