AAMTジャーナル「機械翻訳」No. 84 第9回自動翻訳シンポジウム 参加報告
1. はじめに
2026年2月20日、第9回自動翻訳シンポジウム「AIによる翻訳でジャパンを世界へ」が品川インターシティホールにて開催されました。
講演会では、石渡 祥之佑氏(Mantra株式会社 代表取締役)による基調講演「マンガ自動翻訳の現在地」を皮切りに、菅谷 史昭氏(マインドワード株式会社 代表取締役CEO)による「自動通訳の実装と応用の最新状況と可能性」、隅田 英一郎氏(国立研究開発法人情報通信研究機構 フェロー)による「生成AIのメリットを取り込んだ自動翻訳」の講演が行われました。
続いて行われたパネルディスカッションでは、瀬戸 優樹氏(ヤマハ株式会社 新規事業開発部 SoundUD室 室長)をファシリテーターに、上述の石渡氏、菅谷氏、隅田氏をパネリストとして迎え、「『日本の価値(コンテンツ・文化・自然)』を伝える自動翻訳・通訳に対する期待」をテーマに議論がされました。
また、会場ホワイエでは企業・団体による最新の自動翻訳製品・サービス等の展示があり、参加者が実際に最新のサービスを体験できるなど、参加者と出展者が熱心に議論を交わす様子が見られました。
本稿では、展示に焦点をあて、実際に出展者から話を聞くことができた展示から3件について報告します。なお、報告内容は、展示会場にて配布された資料や出展者から伺った話の内容に基づき、報告者が主観的にまとめたものであり、紹介順は五十音順としています。
2. 展示会場の報告
1)株式会社時事通信社
概要:同社は、日本語記事の英訳を従来人手で行っていましたが、最近では機械翻訳とLLMによる校正を導入して英文ニュースを作成する割合が増加しているそうです。また、自社で作成する記事の他に、提携先であるAFP通信が配信する英文記事を生成AIによる高レベルな日本語訳と共に配信するという新たなニュースプラットフォーム「FASTLOOK」というサービスを開始しました。
「FASTLOOK」の特徴:パリに本社を置くAFP通信から送られてくる1日300超の記事を時間差なく、日本語訳と共に読者へ届けるというサービスです。AFP通信社は欧州、アジア、北米に加え、中東、グローバルサウスのニュースを幅広くカバーしており、特にアフリカには10か所を超える支局網を有しているため、FASTLOOKでは世界各地で起こっている様々なニュースをリアルタイムに日本語で読むことが可能となっています。
所感・示唆:海外メディアが発信する情報に触れると、国内メディアでは詳しく報じられていないニュースや、同じ出来事であっても、国内メディアとは異なる視点で報道されていることに気付くことがあります。昨今の不安定な国際情勢の中で、海外メディアの情報に日本語翻訳付きで触れられることは、情報の偏りを防ぎ、多角的な視点で物事を捉える上で非常に有意義であると感じました。
2)ジョルダン株式会社
概要:電車の経路探索サービスで知られているジョルダン株式会社は、鉄道会社等の公共交通機関を運営する企業向けに、遅延や運休などの運行情報を瞬時に翻訳して配信できる「MovEasy お知らせ情報配信システム」というサービスを提供しています。株式会社みらい翻訳が提供するAI翻訳機能と連携しており、登録された日本語の情報は英語・中国語・韓国語等の多言語へ自動翻訳可能とのことでした。
特徴:本システムの利用方法は非常にシンプルで、ブラウザ上から日本語で情報を登録することができ、雪や台風、事故などの突発的なトラブルが原因となる遅延、行き先変更、運休などの情報が先述のAI自動翻訳で翻訳され、利用者へ正確かつ迅速に届けられます。また登録された情報はAPIによる連携が可能で、自社ホームページに加え、SNS等のソーシャルメディアにも自動反映されるので、複数の媒体を個別に更新する手間を省くことができます。
導入状況:現在は、IGRいわて銀河鉄道株式会社が本システムを導入しており、今後は鉄道会社にとどまらず、バス会社や航空会社等への導入が期待されています。
所感・示唆:近年、インバウンド旅行客や日本に住む外国人は増加の一途をたどっていますが、鉄道会社が配信する遅延・運休情報は意外にも日本語の案内のみの場合が多く、非日本語話者には十分に情報が行き届いていないのが現状です。また、これらの情報は即時性が求められる重要な情報であるにもかかわらず、翻訳作業のために鉄道会社で新たにリソースを割くということは容易ではありません。このような状況で、今後は鉄道会社にとどまらず、他の公共交通機関への導入が進められれば、訪日外国人を含む多様な利用者に向けた情報発信の実現が可能となり、利用者の利便性・満足度の向上につながると考えられます。
3)マインドワード株式会社
概要:同社が開発した「スタンドアローン同時通訳(可搬型)」は、インターネット接続を必要としないスタンドアローン型のリアルタイム翻訳により多言語コミュニケーションを支援するシステムです。
特徴:展示会場では、「令和7年度 屋久島国立公園における同時音声翻訳技術モデル実証業務(環境省)」で使用されたガイド向け同時通訳システムのデモンストレーションを体験することができました。ガイドがヘッドフォンのマイクを通して話した内容が、低遅延でリアルタイムに同時通訳され、ツアー参加者はイヤホンに接続された小型端末のボタン操作によって、英語・中国語・韓国語の3言語を簡単に切り替えながらガイドの説明を聞くことができます。また、ガイドが説明で使用することが予想される地域固有名詞や専門用語等は、事前に辞書登録によるカスタマイズが可能であるため、より正確な翻訳を届けることができます。
所感・示唆:近年の訪日観光客、とりわけリピーターは、定番の観光地は一通り訪れていることが多く、いわゆる「秘境」と呼ばれる地域へ足を延ばし、観光客が少ない場所でしか得られない唯一無二の体験に価値を見いだす傾向があると言われています。しかし、こうした地域では、定番の観光地とは異なり、多言語対応の準備が十分に整っていないケースや、安定した通信環境が常時確保できないといった課題が想定されます。そのため、本システムのように通信環境に依存せずに多言語翻訳を行える仕組みが求められます。秘境と呼ばれる地域においても本システムを活用することで、訪日観光客がその土地や体験内容について十分に理解を深めることが可能となり、結果として観光体験の満足度向上につながることが期待されます。
3. 最後に
最近はLLMによる翻訳が大きな注目を浴びていますが、今回の講演・展示を通じて、翻訳の用途・対象・利用環境によって、最適な翻訳システムは異なる、ということを具体的な事例を通して確認することができました。
スタンドアローン型のシステムでは、インターネットが不安定な環境下で自動翻訳をすることが求められるため、LLMを搭載・運用することは困難です。また、定型文の多いマニュアル等のドキュメントを大量に翻訳する場合には、高速かつ軽量で、LLMと比べて低コストである従来のニューラル機械翻訳の方が適している場合があります。逆に、文脈を考慮した翻訳という点では、LLMによる翻訳の方が高い精度を示すこともあります。特に、これまで翻訳が難しいとされてきた小説分野においては、LLMによる翻訳精度の向上が著しく、その進展には目を見張るものがあります。英国における日本小説のブームや、海外で高い人気を誇る漫画・ゲームなど、まだ十分に海外展開されていない日本のコンテンツを、今後さらに世界へ発信していくことに対して、大きな期待が寄せられていると感じました。