AAMTジャーナル「機械翻訳」No. 83 MTSummit2025参加報告
1. はじめに
2025年6月23日から27日までスイス、ジュネーブ大学のUni MailキャンパスでMTSummit2025が開催されました。MTSummitはアジア太平洋機械翻訳協会、ヨーロッパ機械翻訳協会、アメリカ機械翻訳協会が持ち回りで2年に1度開催しており、今回はヨーロッパ機械翻訳協会が主催しました。
会議の概要は以下の通りで、機械翻訳に関する幅広い内容が報告されました。また、久しぶりの対面のみの開催で、会場は多数の参加者で賑わいました。
23日、24日 ワークショップとチュートリアル
25日−27日 本会議
参加者数 320名
発表件数(採択率)
Research
– Technical 23(51%)
– Translators and Users 13(81%)
Sponsored Talk 2
Implementations and Case Studies 8
Products and Projects 20
2. 会議の動向
以下、会議で気づいた動向を報告します。
手話翻訳
手話翻訳に関する研究発表は一件だけでしたが、キーノートスピーチ、ワークショップで扱われたため印象に残りました。マルチモーダル翻訳への技術的興味が高まる中、手話翻訳は実用的な意味が大きく、今後ますます注目されることが予想されます。ただし、手話利用者は少なくデータ収集は容易ではありません。技術開発に加えてデータの開発、共有が大きな課題になります。
文学翻訳
文学の翻訳には創造性が必須なため機械翻訳が手を出せない領域だと考えられてきましたが、今回、これに取り組む研究がいくつか報告されました。それぞれ扱う言語、領域が違うため一般的な結論とは言えませんが、興味深い第一歩だと思います。以下、3編の研究を紹介します。
Optimising ChatGPT for creativity in literary translation: A case study from English into Dutch, Chinese, Catalan and Spanish, Du et al.
ChatGPTを用いた文学翻訳において創造性を最大化する方法を探るため、英語のSF小説のオランダ語・中国語・カタルーニャ語・スペイン語への翻訳を対象に、プロンプトの工夫や温度設定など6つの条件を比較しています。創造性は語彙・構文・意味の忠実性の3観点から評価され、最も創造的な翻訳は「創造的に翻訳して」と指示した単純なプロンプトと温度1.0の設定で得られました。DeepLよりも創造性に優れる場合もありましたが、人間翻訳には一貫して及ばないという結果を得ています。
Extending CREAMT: Leveraging Large Language Models for Literary Translation Post-Editing, Castaldo et al.
文学翻訳を対象に大規模言語モデル(LLM)を活用したポストエディット(PE)手法の有効性を検証しています。研究では、英語の小説のイタリア語翻訳を対象に、プロの文学翻訳者と協力し、編集時間・品質・創造性の観点からLLM翻訳のPEを評価しました。この結果、人手翻訳と同等の創造性を保ちつつ、編集時間を大幅に短縮できることが明らかになり、LLMは文学翻訳者の生産性向上に貢献する可能性が示唆されました。
The Challenge of Translating Culture-Specific Items: Evaluating MT and LLMs Compared to Human Translators, Budimir
文化特有の表現(Culture-Specific Items, CSIs)の翻訳における課題を、ChatGPT-4o、Gemini 1.5 Flash、Google Translateと人間翻訳を比較することで明らかにしています。対象言語は、フラマン語(オランダ語の方言)とセルビア語という低資源言語ペアで、3つの小説から抽出したCSIsを「物質文化(食物名など)」「固有名詞」「社会文化(スポーツ名など)」の3領域に分類しています。これらを対象にシステムが8種類の翻訳戦略(音訳、説明、目的言語での類似語による翻訳など)のどれを適用したかを分析しています。
この結果、Geminiが人間の翻訳戦略に最も近く、Google Translateは言語モデルに比べて課題を抱えていることがわかりました。また特に固有名詞の翻訳は、どのシステムにとっても困難であることが明らかになりました。CSIsの翻訳は依然として機械翻訳にとって大きな課題であると結論しています。
WIPOにおける機械翻訳の実用状況
今回は大規模言語モデルの翻訳応用に注目が集まっていましたが、ニューラル機械翻訳(NMT:Neural Machine Translation)の利用が確実に進んでいることを実感できる報告がありました。
WIPO(World Intellectual Property Organization:世界知的所有権機関)はジュネーブに本部を置き、特許などの知的財産に関わる大量の文書を日々翻訳しており、今回、スポンサートークの中で機械翻訳システムの利用状況を報告しました。
WIPOでは統計翻訳の時代から積極的にシステムの開発と導入を進めており、現在はMarianベースのNMTを17言語で開発済みで、日々の翻訳、後編集に利用しています。機械翻訳の導入教育、データ収集、システムの学習、フィードバックなど日々実施しており、膨大な実用のノウハウを有しています。
特に興味深かったのが、日々の後編集作業をモニターするダッシュボードです。翻訳結果と後編集結果の編集距離を常時モニターすることで、システムの不具合や後編集作業の問題を有効に追跡可能だと報告していました。簡単な仕組みですが有用なノウハウだと思います。
WIPOでは、LLMの導入には至っていませんが、現在、導入の検討を進めているとのことでした。
おわりに
会期中に次の各賞が授与されました。
– IAMT Award of Honor
Prof. Mikel L.Forcada
– Best Thesis Award(最優秀博士論文賞)
Ricard Costa Dias Rei
Robust, Interpretable and Efficient MT Evaluation with Fine-tuned Metrics
– Best Paper Award(最優秀論文賞)
Zhi Qu, Chenchen Ding, and Taro Watanabe
Languages Transferred Within the Encoder: On Representation Transfer in Zero-Shot Multilingual Translation
Best Thesis Awardの対象となったのは近年注目されている翻訳評価指標、COMETに関する研究でした。意味を捉えることができる評価指標ということで、最近よく使われています。受賞者は挨拶の冒頭で「COMETはすでに古くなっており、新たな手法が必要だ」と言って会場を笑わせていました。機械翻訳研究の進歩の速さを感じさせる一言でした。
次回のMTSummit2027は、アメリカ機械翻訳協会が主催し、候補地としてカナダを検討しています。大規模言語モデルによって機械翻訳の世界がどのように進化していくのか、MTSummit2027が楽しみです。