AAMTジャーナル「機械翻訳」No. 83 第11回特許・技術文書翻訳ワークショップ(PSLT2025)開催報告
1. 開催概要
スイス・ジュネーブにて開催された機械翻訳サミット(Machine Translation Summit)2025の併催ワークショップの一つとして、特許・技術文書翻訳ワークショップ(The 11th Workshop on Patent and Scientific Literature Translation; PSLT 2025)が2025年6月24日に開催された。本ワークショップは、アジア太平洋機械翻訳協会(AAMT)、および一般財団法人日本特許情報機構(Japio)によるAAMT/Japio特許翻訳研究会が中心となり2005年から隔年で開催しており今回で11回目を数える。ワークショップは現地開催で、現地に来られない発表者に対してはオンライン発表にも対応した形での開催となった。
本ワークショップでは日本国特許庁とWIPOからそれぞれ招待講演をいただき、2件の一般講演があった。現地にて20名程度の参加があり、質疑も活発であり盛況であったと言える。
2. 招待講演
招待講演1件目は日本特許庁の村上遼太氏から、特許庁の特許情報を用いた情報サービスに関するご講演をいただいた。特許庁では特許をデータベースに蓄積して、特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)を通してユーザに特許情報を提供しており、J-PlatPatでは機械翻訳を利用して日本語の特許を英語で提供したり、外国語の特許を日本語で提供していることが紹介された。さらにこのサービスの最近の追加機能や、日本語―インドネシア語の500万文対の対訳コーパスを機械翻訳システムで追加学習する効果などについて説明があった。
招待講演2件目はジュネーブに本部がある世界知的所有権機関(WIPO)のBruno Pouilquen氏からWIPOの機械翻訳に関してご講演をいただいた。WIPOの機械翻訳の歴史、WIPOの機械翻訳をドイツ、韓国、ユーラシア特許機構などの各国の特許庁が利用していることや、機械翻訳が機械学習により構築されていること、機械翻訳がIPCドメインの情報を利用していること、訓練データの言語対毎のデータ量、他の翻訳システムとのBLEUスコア比較評価などについて解説いただいた。またIPCの自動分類や画像の自動分類についても紹介があった。
3. 一般講演
一般講演1件目はLonghui Zouらによる英語から中国語への学術論文の翻訳でのChatGPT-4oとDeepSeek-V3との比較評価についてであった。評価尺度として、参照訳を使わない自動評価(COMET-KIWI)、語彙多様性、構文の複雑さを用いた。結果はCOMET-KIWIの平均スコアはDeepSeek-V3の方が高く、語彙多様性はGPT-4oの方が高く、構文の複雑さもGPT-4oの方が高かった。LLMを学術翻訳に利用する実務者にとって、本研究の成果は、テキストの特性に基づくモデルの選定に必要であることを示唆しているとのことでした。
一般講演2件目はThomas Moermanらの発表で、彼らの手法は既存の2つの手法の組み合わせで、組み合わせた手法は、多分野にわたるデータから関連するデータを抽出するトピックフィルタリングと、利用可能なデータをより効率的に活用するためのファジーマッチ(FM)拡張である。3つの科学分野における英語からフランス語への翻訳実験から、トピックフィルタリングとFM拡張を組み合わせることにより、スクラッチから訓練したニューラル機械翻訳(NMT)モデルの性能が向上した。NMTシステムは計算リソースが限られた状況下で科学文献を翻訳するための有力な選択肢となり得るが、翻訳性能と大規模言語モデル(LLM)のパラメータ数の増加に正の相関があることから、ファインチューニングなしでも大規模なLLMは、このような特化型NMTモデルよりも優れた翻訳性能を発揮する可能性があることも示唆しているとのことでした。
4. 所感
MT Summit 2025には5つの併設ワークショップがあり、PSLT 2025は同じ時間帯に他の2つのワークショップと同時開催になったものの比較的多くの方にご参加いただけ、また参加者は現地参加であったことから現地会場での質疑が活発であった。プログラム最後の総合討論の時間では、今年のアジア言語の翻訳ワークショップ(WAT 2025)で新たに始める特許請求項翻訳タスクについての紹介があり、参加者と情報共有できた。
今後、大規模言語モデルが特許や技術文書について翻訳に限らず作成支援や要約など様々な用途で活用されるようになると考えられ、大規模言語モデルの活用についても幅広く技術的課題の解決に向けた議論の場として本ワークショップをご活用いただくべく、募集分野やワークショップ名の再検討を行った上で引き続き実施していきたいと考えている。
