MTに関する法的問題について

MTに関する法的問題について

MT を利用することによって起こりうる法的な問題とその場合の解釈をまとめました。MT 利用時の参考にしてください。 

MT を利用することによって発生する法律問題

1 みずからの情報発信のためにMT を利用する場合

みずからの情報発信のために MT を利用する場合に生じる法律問題は、「MT を利用して翻訳を行い、翻訳結果を用いて情報発信を行ったところ、当該翻訳結果に誤りがあり、当該誤りに起因して第三者が損害を被った場合に、MT 利用者はどのような責任を負担するか」というものである。
たとえば、地方公共団体が多言語にて情報発信する際にMT を利用して翻訳を行って情報発信を行ったが、当該翻訳結果に誤りがあり、当該翻訳結果を信用して行動した住民が損害を被った、というような例が考えられる。
この場合においては、単純に当該情報発信者(MT 利用者)が誤った情報を発信したというだけであって、それにより第三者が損害を被ったのであれば、当該情報発信者(MT 利用者)は法的責任を負う。MT の技術特性(ブラックボックス性や翻訳結果の誤りが一定程度含まれる)は、当該情報発信者(MT 利用者)の責任の有無や内容に全く影響を及ぼさない。

2 他者から翻訳の依頼を受けてMT を利用する場合 

他者(以下「クライアント」という)から有償で翻訳の依頼を受け、当該翻訳に際してMT を利用する者(主として翻訳会社を想定している)に関して生じる法律問題は、(1) 翻訳に際して MT を利用する行為がクライアントとの関係で問題ないか、(2) MT を利用した翻訳結果に誤りがあった場合にMT 利用者はクライアントに対してどのような責任を負担するか、の2 点である。 

(1)翻訳に際してMT を利用する行為がクライアントとの関係で問題ないか

この点については、 翻訳に際して MT を利用する行為がクライアントと MT 利用者との間の翻訳契約(特に当該翻訳契約内の秘密保持条項)に違反しないかが問題となる。
秘密保持条項は、端的に言うと「秘密情報」を「第三者に開示」する際には事前にクライアントの承諾を必要とする、という条項であるが、MT 利用者がクライアントから受領した翻訳対象文書は通常「秘密情報」に該当する。
したがって、MT 利用者が翻訳対象文書をMT サービスを利用して翻訳する行為が、秘密情報(翻訳対象文書)を「第三者に開示」したことになるかが問題となる。
この点については、当該MT サービスにおけるセキュリティの有無や、有償無償は無関係と思われ、実質的に当該MT サービスの利用が「第三者に開示」することに該当するか否かによるのではないかと思われる。
具体的には、MTサービスの提供者が、入力された翻訳対象文書にアクセスしないことがMT サービスの利用規約上明確化されており、かつ、MT サービス内で物理的にも MT サービス提供者によるアクセスが制限されている場合には、「第三者に開示」したことにはならないと思われる。
次に、MT サービスの提供者が、入力された翻訳対象文書にアクセスする場面が保守・メンテナンスの場合等に限定されている場合も、「第三者に開示」していないと解釈できると思われる。
一方、MT サービス提供者が、入力された翻訳対象文書を同サービス提供者自身のために利用する(例:翻訳コーパスとして保存する、翻訳エンジンの学習のために利用する)場合には、MT 利用者は、翻訳対象文書をMT サービス提供者という第三者に開示していると解さざるを得ないため、MT サービスの利用がクライアント・MT 利用者の間の翻訳契約上許容されていなければ、秘密保持義務違反に該当する可能性が高い。

(2)MT を利用した翻訳結果に誤りがあった場合に MT 利用者はクライアントに対してどのような責任を負うか。

この点は、翻訳契約において翻訳結果に誤りがあった場合に翻訳者はどのような責任を負うかという一般的な問題であり、MT を利用したか否かは結論に影響を及ぼさない。したがって、本ガイドラインにおいては最低限の言及だけ行う。
一般的に翻訳契約の法的性質は、請負契約(「翻訳」という仕事を完成させることが義務となっている契約)であり、仮に翻訳結果に誤りがあった場合、翻訳者は契約不適合責任(民法559 条、同562 条等)を負う。
具体的には、翻訳結果に誤りがあった場合には、翻訳者は再翻訳や翻訳報酬の減額、誤訳が原因で生じた損害についての賠償責任を負うことになる。特に技術分野の翻訳については、誤訳により生じる損害額も多額に上る可能性がある。
一方、これら翻訳者(MT 利用者)の責任は、翻訳契約において翻訳者の責任を制限(たとえば、損害賠償額について翻訳料金相当額を上限とするなど)することでコントロールすることができるため、翻訳者(MT 利用者を含む)にとって合理的な内容の翻訳契約を締結することは非常に重要となる。

MT 提供者に関して発生する法律問題

MT 提供者に関して生じる重要な法律問題は、「MT 提供者は、MT 利用者(翻訳会社)から提供された翻訳対象文書を自らのMT エンジンの学習のために利用できるか」という問題である。

この点に関しては、当該利用行為が「MT 提供者とMT 利用者との間のMT サービス利用契約に違反しないか」という問題と、「著作権法違反にならないか(著作権侵害にならないか)」の2 つに分けて検討をする必要がある。

1 契約上の問題

まず当該利用行為が「MT 提供者とMT 利用者との間のMT サービス利用契約に違反しないか」であるが、この点については、MT 提供者・MT 利用者間のMT サービス利用契約において「翻訳対象文書をエンジン性能向上のために利用することが可能」と定められていれば、MTサービス利用契約違反の問題は生じない。
ただし、これは「MT 提供者・MT 利用者の間の契約」の問題であり、「MT 利用者・クライアント間の翻訳契約」の問題はではない。「MT 利用者・クライアント間の翻訳契約」については、先ほど説明したとおりであり、MT 利用者がクライアントの承諾なく翻訳対象文書をMT 提供者に提供し、同データを学習に利用させた場合、当該行為は、「 MT 利用者・クライアント間の翻訳契約」の秘密保持条項に違反する可能性がある。

2 著作権法上の問題

次に「著作権法違反にならないか(著作権侵害にならないか)」の問題であるが、この点については結論から言うと著作権侵害にはならない。
翻訳対象文書は著作物であるため、翻訳対象文書を学習に適した形に加工し(翻案)、学習に用いるためには、原則として当該文書の著作権者の許諾が必要である。
しかし、日本著作権法においては、翻訳エンジンのようなAI ソフトウェアの生成に必要な著作物の利用行為(データの複製や翻案)については、原則として著作権者の承諾を行わなくても可能であるという権利制限規定が存在している。
それが、平成30 年改正著作権法によって導入された著作権法30 条の4 第2 号である。


(著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用)
第三十条の四 著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
一 略
二 情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うことをいう。第四十七条の五第一項第二号において同じ。)の用に供する場合
三 略



条文は上記のとおりであるが、要するに「『情報解析』に必要な限度においては原則として著作物を自由に利用できる」という内容の権利制限規定である。
そして、翻訳エンジンのようなAI ソフトウェアの開発は、当該「情報解析」に該当するため、結果として「翻訳エンジンの生成に必要な限度においては原則として著作物を自由に利用できる」ということになる。
具体的には、30 条の 4 の柱書には「その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる」と規定されているため、「自らが翻訳エンジンの開発を行うために、著作物を収集・複製・改変等する行為」「翻訳エンジンの開発を行う他社のために、著作物を収集・改変して学習用データセットを生成し提供する行為」などが可能である。

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