AAMT 長尾賞と学生奨励賞の紹介
アジア太平洋機械翻訳協会 (AAMT)
1. はじめに
アジア太平洋機械翻訳協会(AAMT)は、機械翻訳の学術的および産業的発展を促進するために2006年にAAMT長尾賞を設立し、さらに2014年には機械翻訳研究に対する学生諸君の奮起を促すためにAAMT長尾賞学生奨励賞を設立しました。機械翻訳に対する優れた学術的および産業的貢献のあった個人およびグループを毎年継続して表彰しております。
2. AAMT長尾賞について
AAMT長尾賞は、AAMT初代会長である長尾真先生の日本国際賞賞金のご寄付を受けて、機械翻訳システムの実用化の促進および開発に貢献した個人あるいはグループを表彰するために2006年に設立されました。いわゆる学会の論文賞や学術賞ではなく、高性能の機械翻訳システムの商品化、機械翻訳システムを使った新しいサービスの開始、あるいは機械翻訳システム利用の新たな普及基盤の構築などの貢献を対象としています。もちろん学術的に意味のある成果も対象としています。詳細についてはウェブページ(https://aamt.info/news/nagao-2/ )をご覧ください。
歴代のAAMT長尾賞受賞者を表1に掲載しております。機械翻訳の学術的貢献だけでなく、産業的貢献がAAAMT長尾賞の大きな評価対象となっていることがわかるかと思います。近年の受賞では、ソースネクスト株式会社様が第14回AAMT長尾賞(2019年度)を受賞されました。多くの方が御存知の通り、携帯型音声翻訳端末であるポケトークを開発し、機械翻訳技術を一般に広く普及、認知させたことで有名です。第15回(2020年度)では、医療用音声翻訳アプリ「MELON」を開発したコニカミノルタ株式会社BIC Japan様と、特許庁の審査業務のための日英機械翻訳システムが評価された東芝デジタルソリューションズ株式会社様が受賞されております。いずれも産業界に大きなインパクトを与えた機械翻訳に関する貢献が評価されての受賞となっております。
第1回 (2006年) | ・沖電気工業株式会社 研究開発本部 機械翻訳研究グループ ・日本電気株式会社 NECメディア情報研究所 |
第2回 (2007年) | ・株式会社国際電気通信基礎技術研究所 音声言語コミュニケーション研究所 |
第3回 (2008年) | ・シャープ株式会社 情報通信事業本部 要素技術開発センター 機械翻訳チーム ・日本電気株式会社 および 株式会社高電社 |
第4回 (2009年) | ・東芝ソリューション株式会社 および 株式会社東芝 ・AAMT インターネットワーキンググループ |
第5回 (2010年) | ・「みんなの翻訳」構築・運用グループ |
第6回 (2011年) | ・AAMT 共有化・標準化ワーキンググループ |
第7回 (2012年) | ・株式会社富士通研究所 機械翻訳システム研究開発グループ |
第8回 (2013年) | ・株式会社バオバブ代表取締役社長 相良美織 |
第9回 (2014年) | ・(独)情報通信研究機構 ユニバーサルコミュニケーション研究所 多言語翻訳研究室 内山将夫、 隅田英一郎 |
第10回 (2015年) | ・株式会社 ATR Trek 業務用途音声翻訳システム開発プロジェクト パウル・ミヒャエル、鈴木昌広、袋谷丈夫 |
第11回 (2016年) | ・株式会社みらい翻訳 |
第12回 (2017年) | ・八楽 やらく 株式会社 |
第13回 (2018年) | ・凸版印刷株式会社情報コミュニケーション事業本部 ソーシャルイノベーションセンター情報インフラ本部コンテンツ企画部 ・日中・中日機械翻訳実用化プロジェクト (京都大学・黒橋禎夫、科学技術振興機構・中澤敏明) |
第14回 (2019年) | ・ソースネクスト株式会社 |
第15回 (2020年) | ・コニカミノルタ株式会社 BIC Japan ・東芝デジタルソリューションズ株式会社 |
第16回 (2021年) | ・Team Tohoku AIP NTT at WMT 2020 (メンバー:清野 舜 , 伊藤 拓海 , 今野 颯人 , 森下 睦 , 鈴木 潤) ・Mantra 株式会社 |
今年度(2021年度)の第16回AAMT長尾賞は、Team Tohoku-AIP-NTT at WMT-2020(メンバー:清野 舜, 伊藤 拓海, 今野 颯人, 森下 睦, 鈴木 潤)様とMantra株式会社様が受賞しました(図1と図2)。Team Tohoku-AIP-NTT at WMT-2020様は、機械翻訳の分野で権威の高い国際会議WMT2020において、大学、研究機関、企業の産学連携により非常に優秀な成績(多くのタスクで同率を含む1位の成績)を収め、機械翻訳システムの実用化に向けた日本の研究開発力の国際的プレゼンス向上に大きく貢献したことが評価されました。Mantra株式会社様は、学術的にもまだ萌芽的な段階にあるマルチモーダル・文脈翻訳を漫画翻訳という形で事業化をしており、今までに無い新しい機械翻訳の形に挑戦する姿勢が大きく評価されました。
AAMT総会に伴って授賞式が行われるはずでしたが、コロナ禍のため今回は2021年6月23日にネット配信による発表と授与品の郵送をもって授賞式に代えさせていただきました。
3. AAMT長尾賞学生奨励賞について
AAMT長尾賞学生奨励賞は、同じく長尾真先生からご寄付頂いた日本国際賞賞金を原資として、機械翻訳の発展に長年取り組んでこられた長尾真先生の機械翻訳への熱い思いを次世代を担う学生諸君に伝え、将来の機械翻訳の発展に資する研究を見出し、学生諸君の奮起を促すことを趣旨として、2014年度に新設されました。詳細についてはウェブページ(https://aamt.info/news/nagao-student/ )をご覧ください。
歴代のAAMT長尾賞学生奨励賞受賞者を表2に掲載しております。長尾賞と趣旨が異なり、学生による学術的貢献が大きな評価対象となっています。近年の受賞では、東京大学大学院工学系研究科に当時在籍していた江里口瑛子さんが第6回AAMT長尾賞学生奨励賞(2019年度)を受賞されました(図3)。江里口さんは、当時ニューラル機械翻訳に構文情報を導入する先駆的な研究をされており、その後の追随するニューラル機械翻訳の研究に大きな影響を与えたことが評価されました。第7回(2020年度)では、筑波大学の龍梓さんと東京大学のRaphael Shu(朱中元)さんが受賞されております。龍さんは統計的機械翻訳(フレーズテーブル)の技術をニューラル機械翻訳に応用することで未知語の問題を改善したことが評価されました。Shuさんは、連続的な潜在変数を用いた変分オートエンコーダに基づく非自己回帰的機械翻訳の先駆的な研究、離散的な量子化に深層学習を用いた単語分散表現の圧縮、構文・意味的な特徴の離散的な符号化に基づく多様な訳文生成の研究を行っており、ニューラル機械翻訳の高速化、軽量化、文体制御に関する独創的かつ有用性の高い手法の提案が大きく評価されました。
第1回 (2014年) | 東京大学大学院教育学研究科 宮田玲さん |
第2回 (2015年) | 京都大学大学院情報学研究科 後藤功雄さん |
第3回 (2016年) | 奈良先端科学技術大学院大学 三浦明波さん |
第4回 (2017年) | 京都大学大学院情報学研究科 John Richardson さん |
第5回 (2018年) | 奈良先端科学技術大学院大学 小田悠介さん |
第6回 (2019年) | 東京大学大学院工学系研究科 江里口瑛子さん |
第7回 (2020年) | 筑波大学大学院システム情報工学研究科 龍梓さん 東京大学大学院情報理工学系研究科 Raphael Shu (朱中元)さん |
第8回 (2021年) | 東京大学大学院情報理工学系研究科 石渡祥之佑さん |
今年度(2021年度)の第8回AAMT長尾賞学生奨励賞は、東京大学大学院情報理工学研究科に当時在籍していた石渡祥之佑さんが受賞しました(図4)。石渡さんはMantra株式会社の代表を務めており、AAMT長尾賞とダブルの受賞になります。受賞対象となった論文は、東京大学喜連川優教授の指導のもとに2018年度にまとめられた東京大学の博士論文「Translation and Description Methods for Multilingual Text Understanding」です。対象の論文では、機械翻訳のドメイン適応における未知語の扱いに関する研究、ニューラル機械翻訳にチャンク情報を取り込む手法の研究、局所的・大局的な文脈に応じて語句の語義を生成する手法を提案しています。未知語処理については、ベクトル空間の写像を用いて未知語処理を行っている点や、写像の学習に様々な工夫が用いられている点が大きく評価されました。チャンクベースのニューラル機械翻訳は単純にモデルを階層化するだけでなくモデルに様々な工夫を施すことで独自性と有用性のあるモデルを実現しています。用語説明生成は機械翻訳のタスクそのものではありませんが、大局的な文脈を用いている点に独創性があり、機械翻訳への適用可能性が十分に考えられ、この研究も大きく評価されました。
今年度受賞者による講演が2021年12月8日のAAMT年次大会(オンライン)で行われる予定です。
4. 長尾真先生を偲んで
AAMT長尾賞およびAAMT長尾賞学生奨励賞を創設され、機械翻訳業界に数え切れない貢献をされ支えてくださった長尾真先生が今年2021年5月23日に逝去されました。長尾先生は書を嗜んでおられたことでも有名で、毎年AAMT長尾賞のために書を贈呈していただき、印刷されたものが授与品の一つとなっていました(図5と図6)。授与式において長尾先生の書を拝見することを毎年楽しみにしている方は多かったのではないかと思います。今後長尾先生から書をいただくことは出来ませんが、長尾先生の遺志を引き継ぎ、機械翻訳業界の発展のためにAAMT長尾賞を継続していきたいと考えています。